大師堂研究室の物理実験

アルス・フォーラム No.2 の特別企画 "智"の教育」探訪シリーズで紹介した早稲田大学 大師堂研究室から近況を紹介するメイルが届きました。7月に始まった夏の物理学実験を、丁度2006年度のノーベル物理学賞を「宇宙背景輻射の空間的微小温度ゆらぎの検出」したスムート、マーサーに贈られることが決まったタイミングに合わせて行い、学生達にノーベル賞の仕事を実感してもらおうという素晴らしい企画です。

大師堂さんから送られた学生宛のメッセージを、そのまま紹介します。


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大師堂です。こんにちわ。

あさって2006年10月6日(金)の物理学実験(13時ー16時)では、今年2006年のノーベル物理学賞(スムート、マーサー:宇宙背景放射(輻射)の微少ゆらぎの検出)についてお話し、深いつながりがある1学期に行ったランダム過程の実験のおさらいをしましょう。 TAの人と3,4年生は、受信機、液体窒素ナイキストサンプラー、スペアナの準備をしてください。また, 青木君はジョンソン・ナイキスト雑音の導出、中川翔君は運動量空間におけるブラウン運動の問題をおさらいをかねて黒板で解いて説明をしてください。
ビッグバンの資料は実験室でもらってください。

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=(再掲) Ap5 天体物理学/3年生2006夏 受信機製作と観測実習/地球科学演習(卒業研究の準備)のテーマ=


7月31日(月) ?8月3日(木) 物理学実験室にて受信機製作10:00-20:00、また9月23(土)・24(日) 那須観測所での観測を予定(台風などの場合は10月上旬に延期)しています。 
(イ) 夏休みに1週間かけて 那須観測所で用いる受信機と電源を製作する。材料は秋葉原に買出しにいって各自がそろえる。それらの材料や装置の概要をまず把握するため、既存の受信機や電源の特性(増幅率、電圧)を、スペクトラムアナライザー、オシロスコープ、テスターなどでまず測定し、ノートに記録する。 またブロック図、パワーのレベルを示すレベルダイヤグラム、を作成する。
(ハ) その際に、1年生の物理学実験で扱った抵抗からのジョンソン・ナイキスト雑音の理論を再度導きだし、またナイキストが行った定在波を用いた導出も別解として導出する。
(ニ) また物理的に関連する事項として、気体分子運動論についての問題を解き、理論をまとめる。 理想気体は運動量空間(速度空間)でGauss分布し、絶対温度Tとは運動量空間(速度空間)における運動量(速度)の分散であることを確認する。
(ホ) ジョンソン・ナイキスト雑音とは、抵抗の結晶格子の熱振動と熱平衡にある電子のゆらぎが生ぜしめる抵抗の両端に現れる電圧ゆらぎにほかならないことを理解する。 また1年生の物理学実験におけるEhrenfestの実験を復習し、BoxAにおける気体分子数のゆらぎがGauss分布となることを理論的に導く。また その分散が総粒子数Nに比例(偏差がNの平方根に比例)することを示す。
(ヘ) 製作する低雑音増幅器でこの電圧ゆらぎを増幅し、ナイキスト サンプラー(波形記憶装置)で測定することが第一の関門である。増幅器の先端にとりつける終端抵抗を常温(T=300K)においたり、液体窒素(T=77K)につけたりして、この電圧ゆらぎの分散が、まさに温度であることを確認する。
(ト) ここまでの準備ができたら、まずお手本の受信機や電源を半田ごてやドライバーを用いて素材にまで分解し、再度組み上げる。性能が元通りであることを確認し、新たに各自が作成する受信機や電源に必要な部品のリストをつくる。秋葉原に買出しに行く。
(チ) 各自が受信機、電源を作成し習得した方法で性能を確認する。
(リ) 作成した受信機を秋に那須観測所のアンテナにとりつけ, クェーサーや電波銀河の電波強度を観測する。
(ヌ) 光やX線ガンマ線カタログとの対応や電波強度の変動についてノートをまとめ、レポートを作成する。秋葉原での電子部品の買出しでは、必ず領収書(早稲田大学、大師堂(研))をもらうこと。大学に戻ってから精算する。また秋の那須観測所における観測は、現地集合とします。交通費(JR西那須野 - 山手線 往復2520円x2 とタクシー代約2300円x2)がかかります。タクシーは相乗りすれば安くあがりますし、晴れていれば那須塩原駅から1時間半で歩いても行けます。

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(1) あさっての10月6日(金) の物理学実験(13時ー16時) では、今年2006年のノーベル物理学賞(スムート、マーサー:宇宙背景放射(輻射)の微少ゆらぎの検出) について
お話し、深いつながりがある1学期に行ったランダム過程の実験のおさらいをしましょう。
今回の受賞は 3,4年生が夏休みに行った「受信機製作と、ジョンソン・ナイキスト雑音の測定、の実験」を高い精度でおこなったものです。
3,4年生は実験の後に、作成した受信機の特性レポートを議論して、那須に取り付ける日にちを決めましょう。


(2) 電気抵抗からのジョンソン・ナイキスト雑音が発生する理由は物理学実験テキスト「15章 黒体輻射」の問題を黒板で解いたので理解しているでしょう(上記ハ-ホ)。


(3)実験では終端抵抗は数十センチの長さのセミリジッドケーブルの先につけてあり、常温にしたり液体窒素につけたりしてジョンソン・ナイキスト雑音の電圧ゆらぎを測定しました。
ケーブルの長さを130億光年にのばすと、終端抵抗からは宇宙のはての温度でのジョンソン・ナイキスト雑音が発生します。マイクロ波は真空中も伝わることができるので、
ケーブルをはずし、アンテナを用いてこの雑音を検出できます。これが宇宙背景放射(輻射)です。


(4) 自由学園出身の市川創さんはM2のときに、那須の20m鏡から出力されるジョンソン・ナイキスト雑音をナイキストサンプラーを用いて測りました。Cyg A のような強い電波源が入ってくると
雑音の分散が大きくなるのが分かります。温度(アンテナ温度)が上昇するのです。2台のアンテナ出力を合成してやると、雑音の分散はどのようにふるまうか予測をたててください。
干渉縞が現れるでしょうか。それとも雑音同士の合成なので干渉縞は現れないのでしょうか。またCyg A のような個々の電波源の影響を差し引いて行くと、最後は出力がゼロになるでしょうか。
実はこれがゼロにならず、宇宙のあらゆる方向からジョンソン・ナイキスト雑音がやってくる、というのがペンジャスとウイルソンが発見した2.7K宇宙背景放射(輻射)です(1964年)。
この2.7Kの意味はもう十分に理解しているでしょう。


(5) 宇宙の果てでの温度は4000Kであり、対応するジョンソン・ナイキスト雑音がでていますが、宇宙膨張で2.7Kの温度の雑音として観測されます。
この発見により彼らは1978年にノーベル物理学賞を受賞しました。


(6) 昨日発表された2006年ノーベル物理学賞は、宇宙背景放射(輻射)の空間的微少温度ゆらぎの検出を行ったスムートとマーサーに与えられました。わずかなゆらぎがないと
130億年の宇宙年齢のあいだに銀河をつくることができないという理論的予測を検証したものです。基本的には皆さんがつくった受信機とおなじものを、さらに高感度にして、
COBE衛星に搭載して観測しました。経費はおそらく数百億円以上、一方(2)で述べたペンジャス・ウィルソンの測定には、中古のアンテナが利用され経費はほとんどかかりませんでした。
皆さんはぜひ、物理学や数学を深く学び基本法則から自分の研究テーマを組み上げていくことをこころがけてください。世界ではじめての研究は少ない経費で実現でき、かつ世界を
変えることもできるのです。


(7)実験室の前にビッグバンの解説資料を掛けてあります。必要な人は物理学実験室に申しでてください。


資料: 物理学実験テキスト 15章 黒体輻射

Appendix : 
Ap5 天体物理学 / 3年生2006夏 受信機製作と観測実習/地球科学演習(卒業研究の準備)のテーマ  
Ap7 ジョンソン・ナイキスト雑音(例: 電気抵抗から/ 天体から)
Ap7-b Nyquist雑音を用いた那須や早稲田64素子のGain Calibration / dBmとは? 
Ap8 黒体輻射についての問題(Advanced Course)と前期量子論/年表/英訳/Noetherの定理/URL
Ap10 放物鏡と球面鏡の光学系をレイトレースで作図する
Ap15 気体分子運動論の問題

ビッグバンの解説
「宇宙の創成」 イリューム 創刊号 1989, Vol.1, No.1