「アルスの会」タウンミ−ティング@奈良

報告:「アルスの会」タウンミ−ティング@奈良の印象 中井浩二


2008年3月26日(水)に「アルスの会」タウンミーティング奈良市で開きました。第四回にあたります。
開催要領はこのブログの 2月20日のページに記されたとおりで、今回は[科学コミュニケーション]を主題とし、20数名が集って6人の講演者による講演を中心に幅広く積極的な議論ができました。プログラムは次のとおりで、各講演者は御自身の活動を中心にして教育の基本理念に触れる諸問題をお話し下さいました。

主 題 [各世代における科学コミュニケーション]

[1] 子供と父母に対する科学コミュニケーション
    高橋克忠氏(けいはんな文化学術協会理事長)
    原 俊雄氏(神戸大学理学部,准教授:兵庫県「青少年のための科学の祭典」実行委員長)
    富田晃彦氏(和歌山大学教育学部,准教授)
[2] 中高生対象のSSH活動の成果
     吉田信也氏(奈良女子大附属中等教育学校副校長)
[3] 大学における科学コミュニケーション
     横山広美氏(東大学理学部准教授)
     松尾信一郎氏(東大数理・D1)

 科学コミュニケーションは多様で広い範囲の対象に対する働きかけが望まれます。講演者は、それぞれ、[1]小学校、[2]中学高校、[3]大学において第一線でコミュニケーション活動を進めて居られる方々でした。各講演ではそれぞれ、[1]初等、[2]中等、[3]高等教育の現場における問題点に取り組む努力とその成功物語を紹介していただくことになりました。特に、初等・中等教育については問題の本質にせまる内容について深みのある議論ができたと思います。いじめの問題や、教員のモラルとモラールの問題、教育行政における官と民の関係・・など今後更に議論を深めていきたいと感じました。
一方、大学における問題については時間が不足したので報告だけにとどまって充分に話し合うことができず講演者には大変失礼なことになりましたが。今後の展開に期待し再度議論する機会を作りたいと思います。


 以下に講演と討論のまとめを記します。
 なお、当日スライドで示された講演資料♦講演者名の青字をクリックしてご覧下さい。

[1] 子供と父母に対する科学コミュニケーション

  一番年下の対象として子供を考えると、それは同時にその父母に対する働きかけにもなり、大切なコミュニケーションであります。学校教育と併行して親子で楽しむ科学の企画は、自由に考え、科学的思考習慣を育む最良の機会を提供しています。3人の講演者にはそれぞれ次の活動をご紹介いただきました。
 ♦高橋克忠氏 けいはんな関西学研都市における「親子で楽しむ科学実験教室」 
 ♦原 俊雄氏  神戸市立青少年科学館における「親子サイエンスツアー」
       兵庫県における「青少年のための科学の祭典」
 ♦富田晃彦氏 保育園児対象の「うちゅうのおはなし」、科学館訪問 
どなたも親子の結びつきに注目した教育プログラムに対する意欲的な取り組みを紹介し、子供を対象にしながらも親子のコミュニケーションを通じて、科学が、或は科学的思考が家庭の中にそして社会に浸透する効果の大きさを強調しておられました。人間の文化的活動として科学を捉え、身近に自由に科学に触れる環境は学校教育に欠けたものを補うことになると思いました。
 高橋さんはけいはんな地区で子供と遊ぶように生活の中に溶け込んで科学の面白さを伝えながら、科学的思考力を育て、リスクとベネフィットについて考えさせるなど批判力の涵養をめざして努力して居られる状況をお話しになりました。原さんは、神戸市立青少年科学館における活動に加え、兵庫県全県にわたる青少年のための科学の祭典や科学館を活用した親子サイエンスツアーなど手広く活動して居られることが良くわかりました。素粒子物理の基礎研究をやりながら良くこれだけ幅広く初等教育の問題を把握して居られるものだと感心させられました。富田さんは和歌山・大阪で保育園を対象に活動され、宇宙・天体の面白さを園児に伝えておられます。保育士や保護者に対するインパクトも大きいと強調されました。
「小学生の一番好きな科目は[理科]と[体育]である」と高橋さんも強調されました。この時期に親子がともに楽しむことの大切さは科学教育を超えて教育の原点に立ち戻る意味があります。一方、原さんも「[理科]が面白いと思う人の比率は小学校で80%もあるのに中学高校性では50%に落ちてしまうという調査データを示して小学校における理科教育の現場の問題を指摘されました。

教育における「構成主義」の弊害について

「小学校の現場では「教えてはいけない!」という指針がまかり通っている」という原さんの指摘は驚きでしたが、それが文科省による指導要領に基づくものであり、その指導要領が改正されてから10年に亘って学校教育に浸透してきた結果であると知らされショックをうけました。この指導要領の理念によれば、子供の教育は子供自身の理解に基づいてその理解を支援して組み立てることにあるという考えだそうで「教育における構成主義」と言われる考え(哲学?)だそうです。 構成主義 そのものは立派な哲学であり、上記の教育方針は基礎がしっかりできた大学生や大学院生を対象にするときは良い方針であると言えますが、これを小学生に適用するのは全く誤りでありましょう。算数の九九を思えば良くわかるように小学生の頃は暗記で基礎を築くことが必要であり、その年頃だから容易に出来ることです。そのような「強制的」方法を否定して子供に学力がつくわけはありません。小学校の現場で先生方が困る様子がよくわかります。子供の興味をひくために漫画やイラストを使っても解決にはなりません。大学の教育も小学校の教育も区別できない人、多分大学の先生、が指導要領を作るために起こったことで。それが日本の教育を間違った方向に導いて日本の社会を混乱させているとすると、黙視できないことではないでしょうか?
構成主義はもともと芸術分野で興り、哲学・心理学・などに広がった思潮ですが、それが科学分野に入ってくると奇妙なことになります。何よりも、その考えの帰結として、自然科学の普遍性を否定することになるからです。このような考えが小学校の指導要領の基礎になっていることは放置できません。日本物理学会誌でもこの問題を採り上げ2008年3月号からシリーズ「物理教育は今」という小特集をはじめられました。今後の展開を見守りたいと思います。

[2] 中高生対象のSSH活動の成果

 ♦吉田信也氏 中学生から始めるSSHの成果
次に、中高生を対象に素晴らしい教育を進めて居られる奈良女子大附属中等教育学校・副校長の吉田信也先生にお話をお願いしました。
平成14年度(2002)に、文部科学省スーパーサイエンスハイスクール(SSH)指定の事業をはじめてから全国で100校を超える学校が指定されている中で,そのトップを競う成功例として既に有名な奈良女子大学附属中等教育学校の実体験例を伺えたことは大変幸せなことでした。その昔、明治41年に女子高等師範学校として創設された奈良女子大学の附属学校として約100年の長い歴史を持ち、近年は、平成11年から初めての中高一貫教育を始め教育制度の先端を拓いてきた学校が、このSSHという新しい教育体制をも見事に成功に導かれました。奈良女子大学附属中等教育学校は「自由・自主・自立」を教育哲学・基本理念に掲げ、中高一貫のカリキュラムによって自立する能力を育成することに重点を置いた教育方針を立てて居られます。この方針はSSH指定の狙いに良く一致し、カリキュラムの編成が極めてスムースに進んだということが容易に想像できました。

吉田さんのお話は皆さんの賞讃を集めました。以前に(財)国際高等研の研究会「女性研究者と科学技術の未来」」(代表:伊藤厚子)で聞かせていただいたことがあります。その時も次々と参加者から賞讃の言葉が上がっていました。この成功の源には、もちろん学校の教育哲学・教育方針にありますが、中高一貫教育制度にあったと言えましょう。そこにSSH指定が輝きを加えたものでありましょう。SSHカリキュラムでは、先ず基礎・基本の徹底を目指す学習から始め、その上に立って問題解決能力の育成をめざし数学的リテラシー・科学的リテラシーの育成を図ってこられました。即ち、6年を分割して第一期の1,2年生には基礎的な学力の涵養をはかり、それから個の自覚を促して自発的な学習態度を育てるというカリキュラムが成功したのだと思いました。中高教育のモデルケ−スを作られ、教育のお手本を示されたと感心しました。
奈良女子大学附属中等教育学校SSHは2005年度に指定を受け2009年度まで5年間続きますが、2007年春に日本物理学会Jrセッションで最優秀賞獲得に始まり、同年夏には全国SSH生徒研究発表会で文部大臣奨励賞(最優秀賞)を受けるなど既に8件の受賞に輝いています。これは教員と生徒の共同活動に対する顕彰であったといえるでしょう。「教員は生徒の援助者として、押し付けることなく、また引き回すこともなく、しかし、ときには壁となって指導する、」そして、「生徒だけではなく教員も伸びるSSHを」とまとめに述べられたことが強く印象に残る講演でした。

ここで、上記の「教育における構成主義」の問題にもう一度戻って考えると、原さんの主張が良く理解できました。原さんは小学校教育にいては基礎を築くことが大切で,その時期に「教えてはいけない」という教育方針でできあがっている現在の指導要領を批判されたのであって、その後基礎が出来上がった人に対する教育では「押し付け」たり「引き回す」ことなく支援者として指導することが大切であるという主張をされたのでした。奈良女子大学附属中等教育学校SSHはこのことを実証するものでした。
吉田さんのお話の中にヒドウンカリキュラムという言葉がありました。今回のお話にはなかったことですが、高等研研究会でSSH「サイエンス研究会」活動の一つに「from zero project」があったことを紹介なさいました。吉田さんのお話では生徒に既製のロボットを与えたところ、はじめは喜んでいたが直ぐに興味が移ってそれを分解してしまったそうです。そして自費でパーツを買いゼロから作って小学生相手の科学の面白さを伝えるイベントで活躍しているそうです。「from zero」という精神は、ブラックボックスを作らないと言う精神につながります。今日の大人の世界は、何もかもブラックボックスになっています。機械や装置ばかりでなく、理論や、社会の論理まで共通の傾向です。このこと一つをとっても「自由・自主・自立」という精神に基づく教育に、敬意と賞讃を表したいと思いました。

[3] 大学における科学コミュニケーション

 ♦横山広美氏 大学における科学コミュニケーション 
「from zero」という言葉に出会った時、即座に頭に浮かんだのが「0 to 1」というグループの名前でした。このグループは、われわれの「アルスの会」を立ち上げた同志である横山広美さんが東大大学院研究科 広報・科学コミュニケーション准教授に赴任して間もなく集り、育ててきた東大大学院生による活動グループです。分子生物学・数学・惑星科学・情報生命科学の各分野に跨がる人達の集まりで科学の分野を横断的に捉え、自分たちが未来の科学を創るのであるという強い信念の下に、ワークショップなどの企画を通じて目の前の問題に取り組んで居られます。
2007年11月開催のワークショップ「未来のサイエンスのあり方とは」- 激化する競争と協力の間で - では
  科学と社会
  組織の中の学問
  研究組織の興亡
  学問の細分化・難化
  競争/協力
  研究不正・不誠実な研究発表
  博士のキャリアパス
などが採り上げられました。
誠に申し訳ないことでしたが、今回のタウンミーティングでは先に始めた上記のテーマについての熱い講演と討論に時間を取られたため、横山さんと松尾さんの講演時間が充分にとれず、その討論は不完全燃焼に終わりました。

[タウンミーティング Part 2] ≡「アルスの会」拡大幹事会

 奈良市におけるタウンミーティング@奈良 終了の後、奈良の奥山に移動して「アルスの会」の幹事と有志の方々による拡大幹事会を開きました。会場はホテル三笠温泉。宿泊費等は自己負担でゆっくり時間をかけて議論しようという趣旨でした。
 夕食後のミーティングの最初に、大阪市立科学館館長高橋憲明さんに講演をお願いしました。高橋さんは科学館の理事会終了後わざわざ大阪から参加して下さいました。
以前「アルス・フォーラム」No.2で "知"の教育より"智"の教育を と訴えたとき♦高橋さんに「"知"と智"の教育」の拠点として大阪市立科学館とその感動的な活動について寄稿していただきました。
大阪市立科学館では「青少年のた めの科学の祭典」における「自然科学の基礎を訪ねる」という企画を進めて居られます。科学館というところは大人が整えた展示資料を子供が見に来るものですが、この企画では、子供が資料を準備して整え大人に説明するというものです。この企画は子供の自発的意欲をかきたて、子供に責任をもたせる。そして成功したときの達成感を味あわせるという極めて良く出来た企画だと思いました。この企画を考えられ、指導された高橋さんにお話をお願いしたという次第です。昼間のタウンミーティングにはご都合が付かなかったので夜のミーティングで御紹介いただきましたが、昼のミーティングのハイライトであった奈良女子大学附属中等教育学校SSHの「サイエンス研究会」活動と並んで子供の自主的・自発的行動を導く教育であります。ともに「智の教育」であります。「智の教育」がこのようにいろいろなところで実現していることを学び、快哉を叫びたくなりました。さらに努力して、このような「智の教育」をもっと増やしたいと思います。

今回の「アルスの会」タウンミーティング@奈良は、心強い気持を起こさせてくれる良いミーティングでありました。しかし、教育に関する諸問題はそんなものでないという声は自分の心の中からも聞こえて参ります。今回の明るいミーティングを起点として、今後引き続き教育問題、教育と研究の問題、そして更に・・・に取り組む企画を考えたいと思います。先ずは、同志に、それから同業の仲間に訴え、さらに社会に向かって提言などできるところまで目指したいと考えます。皆さんのご意見をお寄せ下さい。